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旬な人 近藤一成 福一漁業株式会社代表取締役社長
武田水軍の遺臣であったと伝えられる福一漁業近藤家。焼津市で鮪延縄(はえなわ)、海外旋網(まきあみ)を中心に、鮪・鰹を漁獲対象として遠洋漁業を営む、江戸時代初期にその創業起源を持つ。300年の歴史を誇る企業であり、近藤一成社長は13代目、先人の教えを大切に、近時、新たな挑戦を始めている。その勇気、決断を探ってみた。
続きを読む »【社長】近藤一成(こんどう・かづしげ)
1951年2月12日生まれ。静岡県焼津市出身。73年3月東京水産大学卒。同年入社。91年社長就任。 趣味―スポーツ観戦、読書
船元としての創業は1700年代初頭ともそれ以前ともいわれる伝統のある企業である。1964年に福一漁業を設立、以来半世紀にわたりカツオ、マグロを軸とした漁船漁業および水産物の加工、販売に従事してきた。
続きを読む »徳川家康が駿河田中(現藤枝市)の城で、鯛の天麩羅を食べて具合が悪くなったのは、元和2年(1616)の正月21日のこととされているが、この時食べた鯛は焼津の浜で水揚げされたものである可能性が高い。
というのも、田中の城番にしてみれば、大御所様御立ち寄りということで、領内の名産を厳選吟味して食膳に供したに違いないし、そうだとすれば田中の領内で既に漁業の盛んであった焼津海岸のどこかしらから、活魚を仕入れるのが自然だからである。現にその前々年の、慶長19年(1614)4月13日には、焼津浦に上がった初鰹二尾が家康に献上された記録が残っている。
この時家康の食べた鯛が腐っていたということは考えにくい。産地から近いわけだし、時期も真冬である。天麩羅にした時に使った榧の油が古くなっていたか、異物が混入していたかによって食当りした可能性が濃厚である。
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